東京地方裁判所 平成8年(ワ)24800号 判決 1999年2月23日
原告
金子盛作
同
金子富雄
右両名訴訟代理人弁護士
富田均
同
岩谷彰
被告
明治生命保険相互会社
右代表者代表取締役
波多健治郎
右訴訟代理人弁護士
渡辺昭典
同
岡伸浩
被告
株式会社東京三菱銀行
(旧商号株式会社三菱銀行)
右代表者代表取締役
高垣佑
被告
ダイヤモンド信用保証株式会社
右代表者代表取締役
半澤知之
右被告株式会社東京三菱銀行及び同ダイヤモンド信用保証株式会社訴訟代理人弁護士
小野孝男
同
芳村則起
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告株式会社東京三菱銀行及び被告ダイヤモンド信用保証株式会社に対する請求、被告明治生命保険相互会社に対する主位的請求
1 被告明治生命保険相互会社は、原告金子盛作に対し、一億〇三七〇万八四〇〇円及びこれに対する平成九年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社東京三菱銀行は、原告金子盛作に対し、原告金子盛作の被告株式会社東京三菱銀行に対する平成二年二月二七日付金銭消費貸借契約に基づく元金一億一〇〇〇万円及びこれに対する利息並びに平成二年二月二七日付極度額一億一〇〇〇万円の当座貸越契約に基づく債務が存在しないことを確認する。
3 原告金子盛作は、被告株式会社東京三菱銀行に対し、平成二年二月二七日不当利得を原因とする一億〇三七〇万八四〇〇円の返還義務を負っていることを確認する。
4 被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告金子盛作に対し、別紙物件目録一及び二記載の各不動産についてなされた浦和地方法務局坂戸出張所平成弐年参月九日受付第五弐弐弐号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
5 被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告金子富雄に対し、別紙物件目録三記載の不動産についてなされた浦和地方法務局坂戸出張所平成弐年参月九日受付第五弐弐弐号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
6 訴訟費用は、被告らの負担とする。
7 仮執行宣言
二 被告明治生命保険相互会社に対する予備的請求
1 被告明治生命保険相互会社は、原告金子盛作に対し、一億七七〇三万二〇三四円及びうち一億〇三七〇万八四〇〇円に対する平成九年一月二五日から支払済みまで、うち七三三二万三六三四円に対する平成一〇年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告明治生命保険相互会社の負担とする。
3 仮執行宣言
第二 事案の概要
原告らは、平成二年二月二七日、被告東京三菱銀行(以下「被告銀行」という。)の前身である株式会社三菱銀行から一時払保険料を借り入れた上、被告ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「被告保証会社」という。)との間で、保証委託契約、根抵当権設定契約(別紙物件目録一ないし三記載の各不動産に根抵当権設定登記済み)を締結し、同年三月一月、被告明治生命保険相互会社(以下「被告生保」という。)との間で別紙保険契約目録一ないし三の各変額保険契約を締結した。本件は、原告らが、被告生保の従業員から、変額保険の仕組み等について説明を受けなかったこと等を理由として、主位的に、被告生保に対し、保険契約の錯誤無効、詐欺取消に基づく払込保険料の不当利得返還、被告銀行に対し、払込保険料を調達するための金銭消費貸借契約の錯誤無効に基づく債務不存在確認、被告保証会社に対し、保証委託契約及び根抵当権設定契約の錯誤無効に基づき根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求し、予備的に、被告生保に対し、勧誘した被告生保の従業員の説明義務違反による不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
第三 争いのない事実等(証拠により認定した事実には証拠番号を付す。)。
一 当事者等
原告金子盛作(以下「原告盛作」という。)は、住所地において、妻美代子(平成三年九月二四日に死亡)とともに農業を営む大正一二年生まれの男性であり、後記の本件保険契約加入当時六六歳であった(甲一四)。
原告金子富雄(以下「原告富雄」という。)は、原告盛作の次男で、長男の訴外金子健一(以下「健一」という。)とともに現在は内装業を営んでいるが、かつて信用金庫に二年間勤務した経験を有する(甲一五、原告富雄の尋問の結果)。
二 変額保険契約の締結
原告盛作は、平成二年一月三〇日、被告生保に対し、別紙保険契約目録一ないし三記載の各変額保険契約(以下併せて「本件保険契約」という。)を申込み、後記四1のとおり、保険料合計一億〇三七〇万八四〇〇円を支払った上、同年三月一日、被告生保との間で、本件保険契約を締結した(乙イの一ないし三、甲八ないし一〇の各1、2)。
三 変額保険について
変額保険は、払込保険料から保険手数料などを除いた一定額を特別勘定に繰り入れて有価証券等によって運用し、被保険者が死亡した場合には、最低保証されている基本保険金に、右運用実績により増減する変動保険金を加えた金額が保険金として支払われ、解約した場合には、同じく保険料の運用実績により増減する解約返戻金が支払われる保険である。したがって、変額保険の重要な特徴は、保険料の運用実績によって、保険金及び解約返戻金が増減することにある。
四 金銭消費貸借契約の締結
1 原告盛作は、平成二年二月二七日、被告銀行との間で、第二項の保険料支払のため、利率年7.5パーセント(変動金利)、支払時期を利息につき同年三月六日から毎月応答日、元本につき平成二二年一月六日とする約定で、一億一〇〇〇万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約(以下「本件融資契約1」という。)を締結し、同日、被告生保に対し、第二項の保険料合計一億〇三七〇万八四〇〇円を支払った(乙ロの五、甲五ないし七)。
2 原告盛作は、右同日、被告銀行との間で、本件融資契約1の利息支払のため、借入極度額を一億一〇〇〇万円、利息を年7.5パーセント(変動金利)、利息のみを毎月五日に返済するとの約定で「三菱マイカード<ビッグ>」契約(以下「本件融資契約2」という。)を締結した(乙ロの六)。そして、原告盛作は、右契約に基づき、平成一〇年七月二一日までに五八〇〇万円を借り受けた(甲一六)。
五 保証委託契約、根抵当権設定契約の締結
1 原告盛作は、平成二年二月二七日、被告保証会社との問で、本件各融資契約に基づく債務の保証を受けるため、一億一〇〇〇万円を限度に、同人の被告銀行に対する債務を保証する旨の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)を締結した。
2 原告盛作、同富雄及び美代子は、右同日、被告保証会社との間で、本件保証委託契約に基づく求償権を担保するため、原告盛作所有の別紙物件目録一記載の土地、美代子所有の同目録二記載の建物(平成三年九月二四日の美代子の死亡により、原告盛作が相続した)、原告富雄所有の同目録三記載の建物について、それぞれ極度額二億四二〇〇万円の根抵当権設定契約(以下併せて「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、同日、右契約に基づいて各根抵当権設定登記手続をした。
第四 争点
一 本件保険契約、本件各融資契約の錯誤無効の成否並びに本件保証委託契約、根抵当権設定契約の効力
二 本件保険契約の詐欺取消の成否
三 被告生保の従業員中村弘子の説明義務違反の有無
第五 争点に関する主張
一 原告らの主張
1 錯誤無効
(一) 変額保険は、保険金及び解約返戻金が変動する仕組みの保険であり、保険料の運用実績によっては、払込保険料より解約返戻金額の方が少なくなってしまう場合もありうるという、極めて危険性の高い保険商品である。
しかるに、被告生保川越支社西坂戸営業所に勤務していた中村弘子(以下「中村」という。)は、本件保険契約の締結に当たり、原告盛作に対して、経済情勢の変化により、株式等による保険料の運用実績が悪化すれば、保険金額又は解約返戻金額が払込保険料額を下回り、本件保険契約の保険料支払のための被告銀行からの借入元利金をすべて返済することが出来ず、場合によっては担保に提供した不動産の所有権を失う危険があることを説明せず、したがって、原告盛作は、右の点を認識していなかった。むしろ、原告盛作は、右借入金は、すべて被告生保による本件変額保険の運用益でまかなえるから、本件保険契約の加入によって、金員の負担を全くしないで済むと誤信していた。したがって、原告盛作の本件保険契約加入の意思表示には錯誤があり、これは重要部分ともいえるから、要素であり、本件保険契約は無効である。
(二) 本件融資契約は、錯誤により加入を決意した本件保険契約の保険料支払のために締結されたものであるので、その動機の点において、錯誤がある。そして、被告銀行は、本件変額保険に関わる融資について被告生保と提携関係にあり、原告盛作の誤信には、被告銀行(当時株式会社三菱銀行)坂戸支店取引先第二課長の武藤政男(以下「武藤」という。)の言動も関与していることなどから、被告銀行は、本件融資契約1及び2が、いずれも本件保険契約の保険料支払のためになされたことを認識しているので、原告盛作の借入れの動機は表示されたといえ、本件融資契約1及び2に関する原告盛作の意思表示は要素の錯誤によって無効であり、本件融資契約1及び2はいずれも無効である。
(三) 本件融資契約1及び2が無効である以上、同契約に基づく債務を保証するための本件保証委託契約及び同契約に基づく求償権を担保するための本件根抵当権設定契約は、いずれも附従性により無効である。
2 詐欺取消
被告生保の従業員中村は、本件保険契約の勧誘に当たって、原告盛作に対し、保険料の運用がマイナスになる可能性があることを秘し、あたかも原告盛作に何らの損害も発生しないかのような説明をして原告盛作を欺罔し、その旨原告盛作を誤信させ、よって本件変額保険締結の意思表示をさせた。そこで、原告盛作は、本件第一一回口頭弁論期日である平成一〇年一〇月二〇日、被告生保に対し、本件保険契約加入の意思表示を詐欺を理由として取り消した。
3 説明義務違反
被告生保の従業員中村は、本件保険契約の勧誘に当たり、変額保険について全く知識のない原告盛作に対して、本件保険契約に基づく保険金・解約返戻金が運用実績により変動するものであること、運用実績いかんによっては、被告銀行からの借入元利金の返済にマイナスが生じる可能性もあること、そのプラス、マイナスの分岐点がどの程度の運用実績にあるのかを説明する信義則上の義務を負う。
しかし、中村は、本件保険のパンフレット、設計書などを交付せずに右説明のすべてを怠り、逆に本件保険契約加入により、原告盛作が損をすることはないと虚偽の説明をして誤信させた結果、本件保険契約が締結され、原告盛作が損害を被ったのであるから、右中村の行為は、原告盛作に対する不法行為を構成し、被告生保は使用者責任を負う。
4 損害
(一) 本件融資契約1及び2に基づく被告銀行に対する原告盛作の借入金債務は、平成一〇年七月二一日現在で元利金合計一億六九〇三万二〇三四円であり、払込保険料相当額一億〇三七〇万八四〇〇円を差し引いても、なお、その差額として六五三二万三六三四円の債務が残る。これは、前項の中村の行為と因果関係のある損害というべきである。
(二) 本件訴訟に要する弁護士費用は八〇〇万円が相当である。
5 よって、原告らは、主位的に、被告生保に対し、錯誤無効、詐欺取消による不当利得返還請求権に基づき、払込保険料合計一億〇三七〇万八四〇〇円の返還を求めるとともに、被告銀行に対し、本件融資契約1及び2に基づく各債務の不存在等を確認すること、被告保証会社に対し、別紙物件目録一ないし三記載の各不動産についてなされた各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求め、予備的に、被告生保に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、払込保険料合計一億〇三七〇万八四〇〇円と損害七三三二万三六三四円の合計一億七七〇三万二〇三四円の支払を求める。
二 被告生保の主張
1 被告生保の説明と原告側の理解
(一) 被告生保の従業員中村は、原告盛作方を訪問した際、原告盛作のほか、美代子、健一、原告富雄ら家族全員に対し、主として設計書を使用しながら、①保険の名称は「変額保険」であること、②定額保険とは異なり、特別勘定を設けて、保険料は、株式、公社債等の有価証券で運用されること、③運用実績は毎日変動し、運用実績によって保険金や解約返戻金は変動するが、保険金については基本保険金額が保証されること、④運用実績の変動は、設計書の運用実績例表の九%、4.5%、〇%のように変動すること、⑤現在の運用実績は九%より少し良い成績であることを説明した。
(二) さらに、中村は、原告らに対し、変額保険の仕組み及びそのリスクについて明記されたパンフレット、「ご契約のしおり 定款・約款」を交付しており、原告らは、これらの書類を一読することで、変額保険の仕組み及びそのリスクについては、十分認識していたものである。
(三) 原告盛作は、小学校卒業後ずっと農業に従事していたとのことであるが、昭和五七、八年頃には農協の支部長を務めており、アパート、駐車場経営も行っていることからしても、右のような変額保険のリスクを十分に理解する能力を有していたものである。
(四) 以上のとおり、原告盛作は、中村から変額保険の仕組みやそれに内在するリスクについての説明を受け、さらに変額保険の仕組みやそれに内在するリスクについて記載された設計書やパンフレット、「ご契約のしおり 定款・約款」の交付を受け、変額保険のリスクを認識した上で、自己の判断において、最終的には株価の高騰により得をするだろうと考えて、本件保険契約を締結したものである。
よって、原告盛作の本件保険契約加入の意思表示に要素の錯誤はなく、本件保険契約は有効である。
(五) 仮に、要素の錯誤があるとしても、原告らは、前述のとおり、変額保険の仕組み等について、分かり易く明記したパンフレット等を受領しており、一読すれば、容易にそれらを認識し得たのであるから、原告盛作には、重過失があり、本件保険契約の錯誤無効は主張することができない。
2 詐欺行為又は説明義務違反の不存在
1のとおり、中村は、設計書を示しながら、変額保険の仕組み及びそれに内在するリスクについて説明しており、かかる中村の説明は、詐欺行為にも説明義務違反にもあたらない。
よって、本件保険契約は有効であり、説明義務違反による不法行為も成立しない。
三 被告銀行及び被告保証会社の主張
1 本件保険契約の有効性
原告盛作は、被告生保の担当者から、運用により保険金等が変動する旨明記されたパンフレット、設計書、「ご契約のしおり 定款・約款」の交付を受け、その旨の口頭による説明を受けており、被告銀行の担当者である武藤からも、平成二年二月二〇日の融資に関する契約書類の署名・押印の際、変額保険は株価の変動による影響を受けるもので、リスクがある旨の指摘を受けていたのであるから、本件保険契約の内容である変額保険が、株式等の運用により保険金、解約返戻金が変動するものであることの認識は有していた。
したがって、原告盛作は、本件保険契約の内容を誤信してはおらず、本件保険契約加入の意思表示に要素の錯誤はない。
2 本件各融資契約の有効性
(一) 本件各融資契約と本件保険契約との関係
被告銀行は、本件変額保険に関わる融資について、被告生保と提携関係にはない。また、本件保険契約と本件各融資契約とは、契約の当事者及び契約書、契約手続、契約締結の諾否の実質的判断者のすべてについて異なっている。武藤も、原告らに対し、本件保険契約と本件各融資契約とを一体のものであるとか、一体との前提で話したことはない。
したがって、本件保険契約の有効性と本件各融資契約の有効性とは、それぞれ別個に判断されるべきものである。
(二) 要素の錯誤の不存在
原告盛作が、変額保険の内容等に関して誤信していたとしても、それは、本件保険契約に関して錯誤とはなりえても、本件各融資契約自体の錯誤とはなり得ない。
すなわち、原告らの錯誤無効の主張は、「資金を借り入れて変額保険に投資しても、損をしないと思ったが、見込みがはずれて損をした。」ということに尽きるが、借入金の投資先(使途)の「採算の見通し」ないし「リスクの有無」は、融資契約の要素ではない。また、本件各融資契約の動機は、本件保険契約の保険料支払のためということであり、この点に関しては、原告らに誤信はない。原告らの主張する錯誤は、本件保険契約の動機についての錯誤にほかならないから、本件各融資契約との関係では、動機のそのまた動機の錯誤でしかない。さらに、原告らのそのような「動機のそのまた動機」は、被告銀行に対して表示されていない。
したがって、本件各融資契約はいずれも有効である。
(三) 原告らの重過失
仮に、原告盛作に主張のような誤信があり、それが要素の錯誤に該当するとしても、1のとおり、原告らは、変額保険のリスク等を容易に知り得たから、このような錯誤に陥ったことにつき、原告らには重過失があったといえる。
また、原告らの主張によれば、具体的な金額、利率等の話は全くされず、何ら具体的な根拠も示されないまま、被告生保担当者らの「保険金や解約返戻金で借入金はきれいになる」「変額保険が損しない良い保険である」等の抽象的な説明のみによって、リスクは全くなく、メリットのみ存する保険であると誤信したというのであるが、このような経過からしても原告らには重過失があったといえる。
第六 当裁判所の判断
一 本件の判断の構成
本件の争点は、第四に述べたとおりであるが、本件保険契約の締結について、被告生保の従業員中村により、原告盛作に対し、どのような資料に基づいて、どのような説明がされ、その結果、原告盛作がどのような認識を形成していたかを明らかにすることが必要不可欠である。この点について、原告らは、中村らから、本件変額保険のパンフレット、設計書等の書類の交付を受けず、本件変額保険の仕組み、リスク等についての説明は一切されず、「絶対損をしない良い保険」という説明のみを受けて、本件保険に加入した旨主張し、被告らは、これを争っている。そこで、以下では、本件保険契約の経緯を認定し(二)、そのように認定する理由を説示し(三)、これを前提として、順次、錯誤無効、詐欺取消等(四)、説明義務違反(五)の主張について判断する。
二 本件保険契約締結の経緯
争いのない事実を基本として、乙イの第一ないし一二号証、乙ロの第一ないし一八号証、証人中村及び同武藤の証言、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 平成元年一二月一日、被告生保の中村は、同社の営業員の加藤美津江(以下「加藤」という。)から、同人の知人である原告盛作の妻美代子が相続のことで心配しているので、相続税対策としての変額保険加入を勧誘したいから同行して欲しいと依頼され、加藤とともに、原告盛作方を訪問した。なお、中村は、変額保険の販売資格を有している。
中村は、美代子に対し、変額保険のパンフレットを交付して、変額保険の仕組みや、変額保険を利用した相続税対策の仕組みについて、簡単に説明した。美代子は、原告らが、農地を有するほか、アパート、駐車場を有して経営していることから、相続税対策として保険に加入することに乗り気となり、中村に対し、夫である原告盛作に、きちんと説明をして欲しいと依頼したため、次回は、原告盛作に説明を行うこととなった。
2(一) 平成元年一二月中旬頃、中村は、パンフレットと設計書(基本保険金額を一億円か二億円としたもの)を持参して、原告盛作方を訪問した。
(二) 中村は、設計書を見せながら、原告盛作に対し、次のとおり変額保険の内容の説明を行った。
① 保険の名称は「変額保険」と言い、定額保険とは異なり、特別勘定により、保険料は、株、国債等の有価証券で運用される。
② 運用実績は毎日変動し、運用実績によって保険金や解約返戻金は、設計書の運用実績例表の九%、4.5%、〇%のように変動する。但し、ブラックマンデーのようなこともあるので、運用は保証されないが、保険金は、基本保険金額が保証される。
③ 現在は、二桁くらいで運用されている。
(三) 中村は、原告盛作に対し、相続税対策について、次の説明を行った。
① 不動産に根抵当権を設定して、銀行から保険料の融資を受けて加入する。その後の利息も根抵当権の枠の中で銀行から融資を受ける。融資元としては被告銀行を紹介できる。
② 相続発生時に、保険金が納税資金に充てられる。借入金はマイナス財産として控除される。子供が被保険者となる契約は、解約して納税資金の一部に充てても良いし、解約せず、そのまま二次相続対策のために継続しても良い。
(四) 原告盛作は、解約した場合の解約返戻金の金額について質問したので、中村は、設計書の運用実績例表を示し、九%、4.5%、〇%の場合の金額を読み上げ、〇%の場合は、解約すると保険料よりも少なくなるが、解約するために加入する保険ではないと説明した。
(五) 原告盛作は、もともと加入に積極的ではなかったため、この日は説明を聞くだけに終わり、中村はパンフレットと設計書を交付して辞去した。
3(一) 平成二年一月頃、中村はパンフレット及び設計書(基本保険金額を一億円か二億円としたもの)を持参して、原告方を訪問し、原告盛作、美代子及び長男健一、次男原告富雄に対し、主として設計書に基づき、前回同様に変額保険の説明を行った。その際、健一と原告富雄に対しては、それぞれの設計書を示して、九%、4.5%、〇%の場合の解約返戻金も説明した。
この日の説明で、原告盛作は、本件変額保険加入の意思を固め、健康診断を受けることも了承した。
(二) この頃、中村らは、かねてより面識のあった被告銀行の武藤に対し、「変額保険に加入したい顧客がいるので、三菱銀行で融資できないか」旨問い合わせをした。
中村らは、既に、原告盛作の所有不動産を把握しており、武藤は、中村らから同人の所有資産、年収等を聴取した限りでは、融資が可能であろうと考え、ローン申込書の用紙等を渡し、当行から融資を受けたいのであれば、原告盛作から正式に借入れ申込みをしてもらいたい旨を告げた。
4(一) 平成二年一月二六日、中村らを通じて、原告盛作から、被告銀行に対し、ローン申込書等が提出され(ローン申込書には、原告盛作の所有不動産は九億円との記載がある。)、正式に保険料払込資産等の借入れ申込みがされた。その後、被告銀行において、原告盛作の資産内容等についての調査結果に基づき、融資の可否が検討された結果、融資可能と判断された。
(二) 武藤から銀行の融資可能額の連絡を受けた中村は、その金額に合わせて、基本保険金額を原告盛作につき一億円、健一と原告富雄につきそれぞれ八五〇〇万円とする設計書を作成した。そして、それらを原告盛作方に持参して説明し、金額について確認を得て、それまでに交付した設計書と交換した。
5(一) 平成二年一月三〇日、原告は、本件各融資契約の申込書に署名押印し、中村は、これを受けとった。このとき、中村は、原告盛作に、「ご契約のしおり 定款・約款」を交付した。
(二) 同年二月一一日、原告らの健康診査が行われた。
6(一) 武藤は、中村らに対し、借主らに借入諸条件等必要な説明をして、その借入意思、保証意思を確認し、諸契約書類に署名押印を受けるべく、借主(原告盛作)及び連帯保証人、根抵当権設定者全員が一同に集まれる日の設定を依頼した。そして、平成二年二月二〇日が、その日とされた。
(二) 右同日、武藤は、中村らとともに、原告盛作方を初めて訪問した。
武藤は、原告盛作、美代子、健一及び原告富雄に対し、一時払保険料のほか、利息、諸費用分も借入れ可能であること、利息分の借入れのためマイカードビックという当座貸越契約を締結することが可能であること、借入利息は変動制であること等借入諸条件等を説明するとともに、担保設定を受ける物件の確認を行った。
武藤の右説明を受けて、原告らは、そのような条件による借入をしたいとの希望であったので、武藤は、原告らの面前で、被告銀行及び被告保証会社の諸契約書類に原告らの署名押印を受けた。
武藤は、各書類に署名押印を受ける際、各書類の内容等について一枚ずつ説明を行い、原告らの借入意思、保証意思、担保設定意思の確認を行った。
三 右認定をした理由
1 原告ら主張の構造と証拠との関係
(一) 原告らは、中村及び加藤から、本件保険契約のパンフレット、設計書の交付を受けておらず、したがって、本件保険についての仕組みやリスク、運用予測との関係についての説明を受けていないとし、ただ、相続税対策に適した原告らにふさわしい保険であり、被告銀行から融資を受けることにすると、現実の経済的負担は何も生じない旨の説明を受けて、これに加入したものである旨主張し、これに沿う原告両名の各本人尋問の結果、証人加藤の証言がある。
これに対し、被告らは、本件保険契約のパンフレット、設計書等を交付していることはもとより、本件保険契約の仕組みやリスク、その他必要な説明をした旨反論し、これに沿う証人中村の証言がある。
(二) 本件の事実認定は、これらの人証の証拠調べの結果のうち、いずれをどのように採用するかによって大きく左右されることになる。加藤は、被告生保の従業員であったから、通常であれば、加藤の証言のうち、同被告に不利な部分は信用されてしかるべきであるといえる。しかし、加藤は、夫が原告富雄と同級生である等の事情が伺われ、原告側と親しい関係にあるといえるから、事柄の性質に照らしてその信用性を検討していくことにする。
2 パンフレット等の交付について
(一) 原告らは、複数回にわたる被告生保の中村及び加藤の訪問の際、設計書、パンフレット等の書類は一切受け取らなかった旨主張する。この点は、中村のした説明内容がどのようなものであったかを左右するものであり、その事実の存否は重要である。原告らの主張事実に沿うものは、原告両名の各本人尋問の結果及び証人加藤の証言であり、これに反するものは、証人中村の証言である。
(二) そもそも、保険加入の勧誘にあたり、その担当者がパンフレットを交付し、設計書を作成するのは、生命保険会社としては一般的なやり方であることは、経験則上明らかであると考えられるところ、中村は、最初は保険金額を一億円か二億円とし、被保険者を原告盛作、健一、原告富雄とする三枚の設計書を持参し、被告銀行からの融資可能金額が決まってから、保険金額を原告盛作について一億円、健一及び原告富雄について各八五〇〇万円とする設計書を持参し、以前に交付した設計書を引き取ってきた旨証言してお、その内容は自然である。そして、乙イの第八ないし一〇号証の設計書は、本件訴訟にあたって再度作成されたものであるが、本件に限り、設計書を作成しない特別な事情は見受けられないから、乙イの第八ないし一〇号証と同様の形式の設計書が、原告らに手渡されたと推認するのが合理的である。
(三) パンフレットが交付されなかった理由として、原告盛作は、中村及び加藤に対し、パンフレットを持参するように要求したが、パンフレットはもうないからと言って持って来なかったと供述している。しかし、生命保険会社において、自社が販売中の保険商品のパンフレットが品切れになるという事態は考えにくいし、仮に一時的に品切れになっていたとしても、顧客から要求されれば後に必ず持参するように思われるから、同人の供述を採用することは出来ない。また、原告富雄は、中村の口頭の説明によって納得したので、パンフレットのことは気にならなくなってしまったと供述している。しかし、同人は、本件保険契約締結に際して、自己所有の不動産を担保に供することになっていたため、その担保がどのようになるかが非常に気にかかるという状況にあったものであるところ、信用金庫に二年間勤務した経験を有する者の判断としては、パンフレット等を見ることもなく保険契約の内容を納得したということは不自然であって、採用することは出来ない。
これに対して、加藤は、原告両名に対してパンフレットが交付されたことは否定するものの、原告盛作の妻美代子に最初に会った際、同人にパンフレット(乙イ七)を交付したかどうかは覚えていないが、見せたことはあると証言しており、中村は、最初に美代子にあった際、右パンフレットを交付したと証言している。
(四) 中村が、原告らに対し、パンフレット等を交付しないことがあるとすれば、それらの書類の記載内容が中村らのする説明内容と異なっているために、後日の証拠を残さないようにしたという理由が一応考えられる。しかし、当時の保険料の運用実績は順調であったから、中村としては、右のようなことを画策する必要はなかったと思われるし、本件保険契約申込書作成時(平成二年一月三〇日)には、「ご契約のしおり 定款・約款」が交付されているのであるから、パンフレット等を交付しなかったとみることは、事柄の推移として整合的とも思われない。何よりも、相続対策として、所有不動産に担保を設定して、保険金合計三億七〇〇〇万円、保険料合計一億〇三七〇万八四〇〇円と高額な保険に加入するにあたっては、当然原告ら家族間で十分な話し合いが行われたはずであり、その際、原告らが、パンフレット、設計書などの資料を何もないまま検討したということは、想定しにくいところである。したがって、中村の証言を採用するのが、相当であると考える。
以上によれば、設計書、パンフレットのいずれも原告らに交付されていたと認めるのが相当である。
3 説明内容について
(一) 原告らは、中村が変額保険の仕組み、リスク等については全く説明しなかったと主張し、これに沿うものとして、原告両名の本人尋問の結果、証人加藤の証言がある。
(二) もっとも、原告盛作は、変額保険の保険料の運用の対象が株式などの有価証券であることについては、中村から説明があったことを本人尋問において明確に述べている。また、加藤も、中村は、運用が悪くなった場合でも基本保険金額だけは保証されるとの説明をし、その際、「ブラックマンデー」の言葉が出たことは記憶している旨証言しており、「ブラックマンデー」という言葉が、昭和六二年一〇月のニューヨーク株式市場の株価暴落を指すものであることからすれば、当然運用対象が株式であることも話題にされたものと推認することが出来る。これに対し、原告富雄は、原告盛作の右供述は緊張のあまりなされた虚偽の供述である旨供述するが、採用できない。
(三) 原告両名は、各本人尋問において、借入金及びその利息と保険金又は解約返戻金との関係について、中村の説明により、「保険金又は解約返戻金で借入金及びその利息はまかなえると思った」旨の供述を繰り返している。
そして、原告富雄は、本件変額保険が元利金の保証された保険であると思っていた旨供述し、「元利金が保証されていること」の具体的内容について、保険金又は解約返戻金の額が一定金額であると思っていたと述べたのに対し、借入金の利息は、借入期間が長くなるにつれて増えていくこととの矛盾を指摘された結果、結局、借入元利金と保険金又は解約返戻金はどちらも増えていくが、借入元利金が保険金又は解約返戻金の額を上回ることはないと思っていたという供述に変わっている。そうすると、原告らの「いつ相続が発生しても、保険金又は解約返戻金で借入金及びその利息はまかなえると思った」という認識は、保険金又は解約返戻金が一定金額ではなく、変動があり得るものであるが、その金額は運用実績が好調で、増大していくという見通しを有していたということにほかならない。
(四) 原告両名及び加藤は、中村は、運用利回りについても、数字を示した説明は一切しなかったと供述する。
しかし、前記認定のとおり、中村は、原告らにパンフレット、設計書を交付しているのであるから、その説明の際には、当然原告らに見せており、それに基づいて運用実績の各場合について説明をしていることが推認出来る。中村は、原告盛作は、解約した場合のことを気にして、解約返戻金の金額について何度も質問したので、設計書の数字を示しながら質問に答えたと証言しているが、原告盛作が、保険加入に消極的であった態度とも整合し、信用に値する。この点、原告盛作は、途中解約のことは考えたが、解約したらどうなるかについては質問しなかったと供述するが、不安に思いつつも何らその点について尋ねないという態度は不自然であり、採用することは出来ない。また、加藤は、原告盛作は何度も解約した場合のことについて質問したが、中村ははっきりとは答えなかった旨証言するが、これに対する明確な回答がないまま、原告盛作が保険加入の意思を固めたとは思われないから、同人のこの点に関する証言は採用することは出来ない。
(五) 原告両名及び加藤はいずれも、中村が「絶対に損をしない良い保険である。」と説明したのみで、現在の運用実績についても説明しなかった旨供述する。もっとも、原告富雄は、保険金や解約返戻金は元利金以上のものが保証されていると思った旨供述しているが、中村が「保証」という言葉を使用したとは供述していない。これに対して中村は、運用実績について「二桁くらいでまわっている」旨説明したと証言する。
そもそも、原告らの供述によれば、運用利回り、当時の運用実績について、中村は数字を用いた説明を一切しなかったと言うことであるから、中村は、絶対損をすることはないと説明しながら、その証拠について何ら具体的に述べなかったことになる。しかし、何ら具体的な根拠も示されることなく、「絶対に損をしない良い保険」という抽象的な説明で、保険会社の運用により常に借入元利金を保険金又は解約返戻金でまかなえると理解することは想定しにくい。このようなあまりにも抽象的に有利な保険であるとの説明を受けて、加入を決意したというのは、保険料を借り入れて相続税対策を講じようとする経済的合理性を有する者の態度としては極めて不自然であって、そうした供述は採用することが出来ない。これに対して、中村の運用実績についての説明についての証言は、具体的であり、また、この点が当時のセールスポイントでもあったから、そのような説明をしたものと認めるのが相当である。
(六) 以上によれば、原告らは、保険料の運用の対象が有価証券であること、その運用実績により保険金及び解約返戻金が変動することについて説明を受け、これを理解していたものと認められ、これに反する証拠は採用することができない。
(七) なお、中村が、銀行借入の利率について触れなかったことについては争いがない。この点に関し、原告らは、運用利回り、運用実績等について数値を用いて説明したのであれば、当然銀行借入の利率についても数字を用いて説明しているべきであるのに、説明されていないことは、中村の証言の信用性を失わせる事情であると主張する。
確かに、銀行からの保険料の借入れは、相続対策の内容であり、保険勧誘にあたって、利率の説明があってもおかしくはない。しかし、借入条件を決めるのは、被告銀行であり、必ずしも生命保険会社が説明すべき事項とは思われず、中村が複数回にわたる説明をした時期には、まだ借入条件が決まっていたわけではなく、運用実績についての中村の説明も「二桁くらい」という程度の説明であったことからすると、銀行の利率について説明しなかったとする証言は、必ずしも不自然ではなく、このことが、中村の証言の信用性を損なうものとは思われない。
4 小括
原告らは、右1(一)のとおり、中村から、本件保険契約について、具体的な内容の説明は何もされず、ただ、「絶対損をしない良い保険」という抽象的な説明によって、保険加入を決意したと主張するものである。本件においては、前述のとおり、本件関係証拠によれば、原告ら主張事実は認められず、かえって、被告ら主張の事実を認定するほかないのである。
四 争点1(錯誤無効)、争点2(詐欺取消)に対する判断
1 原告盛作は、保険料の運用の対象が株式等の有価証券であること、保険料の運用実績により、保険金及び解約返戻金が変動するものであることを理解していたことは前記認定のとおりである。これによれば、原告盛作は、変額保険の仕組みについて誤信していたとは言えないし、保険金及び解約返戻金が必ず本件融資契約の借入元利金合計額を上回るものと誤信していたとも言えない。したがって、本件保険契約が錯誤により無効であるとする原告らの主張は理由がない。
2 本件保険契約についての錯誤が、本件融資契約の動機の錯誤となり、融資契約の無効をもたらすとする原告らの主張については、右1のとおり、本件保険契約について錯誤が認められないのであるから、その前提を欠くことになる。したがって、右主張は理由がない。
さらに、本件各融資契約が無効であるから、本件保証委託契約、根抵当権設定契約も無効であるとする原告らの主張についても、同様に、その前提を欠くことになるから、理由がない。
3 前記認定によると、中村は、原告盛作に対し、保険料の運用実績によっては保険金及び解約返戻金が変動することは説明していたのであるから、欺罔行為は認められない。したがって、本件保険契約を詐欺により取消す旨の主張も理由がない。
五 争点3(説明義務違反)に対する判断
1 変額保険は、その保険料の一定額を株式等の有価証券で運用し、その運用実績によって保険金及び解約返戻金が変動するため、運用実績いかんによっては保険金又は解約返戻金が払込保険料を下回る事態も生じかねないといういわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であり、これについては保険契約者の自己責任の原則が働くものであるから、変額保険を販売する生命保険会社としては、顧客に対し、変額保険の基本的仕組み及びその危険性、すなわち保険料の運用対象が株式等の有価証券であること、死亡・高度障害の場合の基本保険金額が保証されるだけで、保険金及び解約返戻金の保証がないことについて、十分に説明する信義則上の義務を負う。そして、右説明義務違反の有無を判断するに当たっては、顧客の学歴や経歴、職業、株式等の有価証券取引についての知識、経験等の属性を踏まえて、顧客が変額保険の基本的仕組み及びリスクを理解するのに必要かつ十分な説明がされたか否かを客観的に判断すべきである。
2 前記認定事実によれば、中村は、保険料の運用の対象が有価証券であり、その運用実績により、保険金及び解約返戻金が変動するものであるという本件変額保険の基本的仕組み及びそのリスクについて十分説明し、原告盛作は、これを理解したものといえる。
なお、中村は、本件保険契約を原告らに勧誘していた当時、自らの認識として、本件保険契約の現実的リスクはないと考えていた旨証言している。
この点は、中村が、原告らに対して、本件保険契約のリスクよりも有利性を強調して説明したのではないかと思わせるものである。しかし、中村が、本件保険契約当時の運用実績等を根拠として将来の見通しを述べることは、保険勧誘において許容されているものであるから、この点を捉えて、中村の説明が違法であったと解することは出来ない。
3(一) 原告らは、保険金又は解約返戻金が運用実績により変動すること、運用成績いかんによっては保険金又は解約返戻金が借入元利金を下回る可能性のあることだけでなく、さらに、両者のプラス、マイナスの分岐点はどの程度の運用成績であるかについてまで説明義務を負うと主張する。
本件保険契約が、相続税対策として勧誘された経緯については争いがない。そして、変額保険が相続税対策として有効性を持つためには、相続開始時に、銀行からの借入額と課税標準となる保険金額との差額が、相続税の課税評価額から控除されるだけではなく、好調な保険料の運用実績に基づき保険金及び解約返戻金が高額となっており、これをもって借入元利金の全額を返済することが出来、その余剰金を相続税の納税資金に充てることが出来ることが必要である。原告らもこれを期待して本件保険契約を締結したのであるから、原告の主張のような説明が可能であれば、それがなされるに越したことはない。
しかしながら、死亡保険金や解約返戻金の増減率は、運用実績の数字と関連してはいるが全く同じではなく、保険金又は解約返戻金が借入元利金を上回るか否かは、運用成績と借入利率とを単純に比較すれば足りるというものではない。さらに、両者のプラス・マイナスの分岐点は判断するためには、保険料の運用実績と直接関係する有価証券等の株価の推移だけでなく、借入金の金利の推移についての予測、いつ相続が発生するか、すなわち被保険者である原告らの健康状態、平均余命などについての情報、予測も不可欠であり、これらを織り込んだ判断をすることが必要である。しかし、このような判断は極めて困難であり、高度かつ専門的な知識を要するものであるから、被告生保の担当者について、変額保険の販売資格を有する者であったとしても、右のような説明義務を認めることは相当でない。
したがって、変額保険を勧誘する生命保険会社の担当者としては、変額保険の基本的仕組み及びそのリスクについての説明をすれば足りると解すべきである。
そもそも、前記相続税対策の効果を得るためには、現在の相続税の課税方式、課税標準額の算定方法等の相続税法の大枠とその運用が、対策を講じた時点と変更のないことが前提であるが、これらは一般論としては変更があり得るものであり、その意味においては、いつ相続が発生しても完全に有効な相続税対策というものはおよそ存在しないものである。したがって、相続対策を講じようとするものは、その不確実性を考慮に入れた上でなお、当該対策を講じるべきか否かを自己の責任において判断すべきものなのである。
(二) 原告は、遅くとも平成元年後半からは、変額保険のマイナス運用傾向が顕著であり、平成二年二月の本件保険契約加入当時には、加入直後から運用がマイナスになり、その幅が増大していくことがはっきりしていた旨主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠はない。むしろ、本件保険加入当時である平成二年二月の時点においては、世間一般においては株価は再び上昇するものと考えられていたのであるから、本件加入当時において、変額保険を利用した相続税対策が効を奏しないと見通すべきものであったと認めることはできないし、中村の相続税対策としての本件保険契約の説明自体に、何らかの虚偽の事項が含まれていたということも認められない。
4 以上によれば、中村は、信義則上要求される説明義務を尽くしているといえるから、原告盛作は、被告生保に対して中村の説明義務違反に基づく不法行為責任を問うことは出来ない。
第七 結論
よって、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官宮武康 裁判官日暮直子)
別紙保険契約目録<省略>
別紙物件目録<省略>